最高裁判所第三小法廷 昭和43年(オ)1267号 判決 1969年6月24日
上告人
須賀増治
代理人
笹岡竜太郎
被上告人
国
右代表者法務大臣
西郷吉之助
右指定代理人
川島一郎
外四名
被上告人
河地和子
代理人
花村美樹
主文
原判決中上告人の被上告人河地に対する予備的請求に関する部分を破棄し、右部分につき本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
上告人のその余の上告を棄却する。
右棄却部分に関する上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人笹岡竜太郎の上告理由について。
第一審判決別紙第一目録記載の農地(以下単に本件農地という。)が上告人の所有に属するものとはいえず、被上告人国は上告人に対して右農地についてされた同第二目録記載の保存登記を抹消すべき義務があるとはいえない旨の原審の判断は、以下の説示を考慮してもなお正当であつて、被上告人国に対する関係においては、論旨はすべて採用せず、本件上告は棄却を免れない。
つぎに、上告人の被上告人河地に対する上告理由について案ずるに、原判決(引用の第一審判決を含む。以下同じ。)が上告人の主位的請求を排斥している点については、被上告人国に対すると同様、原審の判断は正当であつて、論旨は採用の限りではない。しかしながら、上告人の予備的請求に対する原審の審理判断には以下の点において違法があるものというべきである。
すなわち、原審において上告人の主張するところは、明確を欠く点も少なくないが、原判決が上告人の請求原因としてその事実欄に摘示するところによれば、その主張は、要するに、「本件農地はもと上告人の所有であつたが、自作農創設特別措置法に基づいて国に買収され、所轄農地委員会において被上告人河地に売り渡されることとされていた。右河地は、これを売却して自己の住宅資金を得うとしたが、その売却について所轄農地委員会の承認が得られる見通しがなかつたので、上告人に対し、その保有地である第一審判決別紙第三目録記載の農地を国に買収させてその代金を自分にくれるよう、そうすれば自分が売渡を受ける予定となつている本件農地は上告人の保有地とするよう取り計らう旨申し入れた。上告人は、この申入を了承し、所轄農地委員会に働きかけたうえ、右保有地について買収処分を受け、その代金を被上告人河地に交付し、同人はこれを自己の建築資金に当てた。したがつて、被上告人は上告人に対し本件農地の返還を約したものであるというべきであるから、上告人は被上告人に対して、右農地につき愛知県知事に対する農地法五条による所有権移転許可申請手続をなし、右許可のあつたときは、右農地について所有権移転登記手続をせよとの判決を求める。」というのである。
これに対して、原審は、上告人の右主張事実からして当然に被上告人河地に対し上告人主張の如き請求権が発生するものとは認め難く、また右返還合意の事実も証拠上これを認めるに足りないとして、上告人の右請求を排斥している。
なるほど、農地買収に関する右主張の如き措置は、自作農創設特別措置法の趣旨に照らしてその当否に疑がないとはいえず、これによつて、本件農地の所有権が当然上告人に復帰するものといえないことは原判示のとおりである。しかし、弁論の全趣旨および原審に提出された甲二号証、一三号証の記載ならびに第一審における証人牧秋松、同須賀勝美、同加藤定の証言、上告人の本人尋問の結果等からは、上告人と被上告人河地が親族関係にあり、本件農地を含む財産の帰属について親族間で協定を結び、その際関係者間において右河地が保有地および自作地を売却して家屋を新築することを了承していたところ、その売却について支障が生じたため、関係者が所轄農地委員会とも協議した結果、右主張の如き本件農地に関するいわば交換的買収ともいうべき措置をとろうとしたものである事情がうかがわれるのであつて、その背景をなす当事者の意思はこれを了解するに難くない。そして、かような事情を考慮したうえ、上告人の前記主張事実を合理的に解釈するならば、そのいわんとするところは、要するに、被上告人河地は前記第三目録記載の農地の買収代金を対価として、後に売渡によつて取得すべき本件農地の所有権を上告人に移転することを約した旨、換言すれば、将来売渡を受けることを条件とした本件農地の売買契約を締結したことを主張し、これに基づいて右移転のためにする農地法所定の知事に対する許可申請手続および右許可のあつた場合における本件農地に対する所有権移転登記申請手続を訴求しているものと解することができるのであり、本件記録中には、前記のとおりそのような事情を裏付けうる資料も存するのである。
このように、当事者の主張が、法律構成において欠けるところがある場合においても、その主張事実を合理的に解釈するならば正当な主張として構成することができ、当事者の提出した訴訟資料のうちにもこれを裏付けうる資料が存するときは、直ちにその請求を排斥することなく、当事者またはその訴訟代理人に対してその主張の趣旨を釈明したうえ、これに対する当事者双方の主張立証を尽くさせ、もつて事案の真相をきわめ、当事者の真の紛争を解決することが公正を旨とする民事訴訟制度の目的にも合するものというべく、かかる場合に、ここに出ることなく当事者の主張を不明確のまま直ちに排斥することは、裁判所のなすべき釈明権の行使において違法があるものというべきである。したがつて、原審は、前記説示の点において釈明権の行使を怠り、ひいて審理不尽の違法を犯したものというべく、この違法は原判決の結論に影響することが明らかであるから、論旨はこの点において理由があり、原判決は、上告人の被上告人河地に対する予備的請求に関する部分については、破棄を免れない。そして、右部分はさらに審理を尽くさせるため、これを原審に差し戻すのが相当である。
よつて、右部分以外の上告はこれを棄却することとし、民訴法三九六条、三八四条一項、四〇七条一項、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。(田中二郎 下村三郎 松本正雄 飯村義美 関根小郷)